幼なじみに自然薯掘りの名人がいます。
秋になると、確かな選球眼、いや選芋眼?で自然薯のありかを見抜き、大人顔負けの根気強さで長い長い自然薯を掘り当てる野球少年でした。
自然薯の葉やツルの見分け方を教わりましたが、修行が足りず、弟子にもなれないまま今日に至っています。
野山に自然薯がふんだんに自生している環境の中で育ったお陰で、ヤマノイモ属には少々うるさい大人になりました。
自然薯も長芋も、同じヤマノイモ属ですが、種(しゅ)が違います。
畑で栽培する長芋はお値段も手ごろで一年中スーパーに並んでいますね。
なぜ、自然薯だけが希少な芋になったのでしょうか。
大きな理由は、山が荒れたこと・野球少年のような堀り子が一段と少なくなったことです。
山ウナギと呼ばれるほど栄養価の高い自然薯が、さらに希少価値の高いイモになってしまいました。
ホンモノの食べ物が消えていく時代です。
昔から良いといわれてきた食べ物には独特の効能がある、エビデンスなどなくても良いものは良いと昔の人が教えてくれています。
まだ天然の自然薯を召し上がったことのない方に、自然薯の魅力をお伝えできればと思います(エビデンスありです…)。
自然薯とは
そもそも自然薯(じねんじょ)とは?
山芋・長芋・つくね芋・・・この芋たちと、どう違うのでしょうか。
まず植物としての分類をみてみましょう。
研究者グループ「Research Group of Dioscoreaceae Plants (略称 RGDP、ヤマノイモの会)」及び一般社団法人「じねんじょうプロジェクト」さんのサイトを参考に表にしてみました。
科 | ヤマノイモ科 | |
属 | ヤマノイモ属 | |
種 | 野生種 | ヤマノイモ種 |
その他オニドコロなど15種 | ||
栽培種 | ダイショ | |
ナガイモ(ツクネイモ・イチョウイモなど) |
ヤマノイモ科の植物は、世界で600種ほどあるそうです。
日本には18種あり、そのうち16種が自生種(野生種)で、2種が栽培種。
自生種の中で生食できるものがヤマノイモ種、これが自然薯(じねんじょ)です。じねんじょうともいいます。
それに対して長芋は、畑で作る栽培種です。中世以降に中国大陸から入ってきたといわれています。
私たちは、自生種の自然薯だけでなく、長芋など外来の栽培種もひっくるめて「山芋」と呼んだりしますね。
しかし、日本で古来から食されてきた山芋というのは自然薯なのです。
芥川龍之介と自然薯
自然薯は、芥川龍之介の小説「芋粥」にも登場します。
芋粥を飽きるほど飲んでみたいと渇望する平安時代の役人を主人公にした話です。
芋粥とは自然薯を甘葛(あまづら)の汁で煮込んだもので、庶民の口には入らない食べ物でした。
お粥というとお米をイメージしますが、この芋粥はデザートのたぐいです。
子どものころ初めて「芋粥」を読んだときは、この芋をサツマイモだと思っていました。
ごろごろしたサツマイモのお粥を飲むというイメージがどうしても浮かばなかったのですが、とろとろの自然薯だったのですね。
自然薯の特徴と栄養成分
自然薯は、日本の野山に自生する多年生の蔓草(つるくさ、まんそう)。
私たちが食べているのは、地面に伸びた根茎の部分です。
それと、葉の付け根に実るムカゴも食べますね。
ムカゴは、わき芽が養分を貯え肥大化したものです。
同じヤマノイモ科でも自然薯と長芋とでは食感が違います。
長芋は水分が多くさらりとしていますが、自然薯は粘り気が強く独特の風味があります。
すり下ろした自然薯は、弾力があり、麩饅頭のようにつるりとしたのど越しです。
生で食べることができる自然薯は、昔から滋養強壮に富む「山の鰻」として珍重されてきました。
実際の栄養価はどうでしょうか。自然薯の主な栄養成分を見てみましょう。
じねんじょ/塊根/生(可食部100g当たり)
一般成分 | ||
廃棄率 | 20 | % |
エネルギー | 118 | kcal |
水分 | 68.8 | g |
たんぱく質 | 2.8 | g |
脂質 | 0.7 | g |
炭水化物 | 26.7 | g |
灰分 | 1.0 | g |
食塩相当量 | 0 | g |
ビタミン | ||
β-カロチン当量 | 5 | ㎍ |
α-トコフェロール | 4.1 | mg |
ビタミンB1 | 0.11 | mg |
ビタミンB2 | 0.04 | mg |
ナイアシン ※1 | 0.6 | mg |
ナイアシン当量 ※2 | 1.3 | mg |
ビタミンB6 | 0.18 | mg |
葉酸 | 29 | ㎍ |
パントテン酸 | 0.67 | mg |
ビオチン | 2.4 | ㎍ |
ビタミンC | 15 | mg |
※1「ナイアシン」(食品中のナイアシン量)※2「ナイアシン当量」(食品中のナイアシン量に食品中のたんぱく質から体内合成するナイアシン量を加えた量)
無機質 | ||
ナトリウム | 6 | mg |
カリウム | 550 | mg |
カルシウム | 10 | mg |
マグネシウム | 21 | mg |
リン | 31 | mg |
鉄 | 0.8 | mg |
亜鉛 | 0.7 | mg |
銅 | 0.21 | mg |
マンガン | 0.12 | mg |
モリブデン | 1 | ㎍ |
[食品成分表八訂より]
自然薯の特徴的な栄養成分をあげてみますね。
・自然薯の約7割が水分
・野菜にしてはカロリーが高く灰分(ミネラル)も豊富
・抗酸化作用のあるビタミンE(α-トコフェロール)
・代謝をたすけるビタミンB群
・コラーゲン生成に必要なビタミンC
・余分なナトリウムの排出をうながすカリウム
あっさりして食べやすいのに、カロリーがありビタミンB群・C・Eがたっぷりと含まれている野菜、それが自然薯です。
ヤマノイモ科の中でも、自然薯の栄養成分は特に豊富なことで知られています。
たとえば自然薯に含まれているビタミンEは、長芋の約20倍です。
自然薯が精のつく山ウナギとして、食用だけではなく薬用としても重んじられてきた理由がわかりますね。
家庭菜園でもできる自然薯の栽培方法
自然薯は畑でもつくることができます。
秋になると店頭に自然薯が並びますが、ほとんどが畑で栽培されているものです。
天然の自然薯は手に入りにくく、成長も遅いため、商品として市場に出るまでには時間も手間もかかります。
畑の自然薯は、形よく真っ直ぐに育てられていますが、さすがに粘りは天然物にはかなわないと思います。
それでも、栄養価の高い自然薯が畑で栽培できるおかげで、価格が抑えられているのは有難いことです。
横に寝て育つ畑の自然薯
畑の自然薯の素晴らしさは収穫のしやすさにあります。
天然の自然薯掘りが大変なのは、どこまでも穴を掘っていかなければならないところです。
自然薯が途中で折れないように周りを掘って掘って、大きい自然薯ほど深い穴を掘るのに苦労します。
それに対して畑の自然薯は、いわば半円の細長いパイプの中で育ちます。
タテではなくヨコ育ちです。
植え付けも収穫もたいへん楽なこの栽培法、考えた人は天才的。
家庭菜園の自然薯づくり
自然薯の大まかな栽培手順は次のとおりです。
①畑に溝を掘る
②土を入れた半円のパイプ状の筒を溝に横たえて埋める
③筒の位置に合わせて種芋を植える
自然薯の種イモが発芽して筒の中に入り成長していきます。
種イモの発芽地点と筒の位置を考えて植え付けることが大事です。
自然薯の栽培法をわかりやすく解説してくださっている動画をご紹介しますね。
[自然薯は家庭菜園で作れる!かんたん自然薯栽培の方法を農家さんに聞いてみた!]
自然薯の保存方法
自然薯は繊細な野菜です。
常温で放っておくと傷みが早くなります。
秋から冬にかけて収穫する自然薯は、高温多湿を嫌いますので、冷蔵保存が基本です。
乾燥を防ぐために新聞紙でくるんでからラップに包んで、冷蔵庫で保管しましょう。
一方、すり下ろした自然薯は冷凍保存できます。
すり下ろして真空パックした天然自然薯であれば、2か月はもちますよ。
自然薯の食べ方
自然薯が手に入ったら、いいお値段だけにどうやって食べるか悩むところ。
いかにも体によさそうな自然薯特有のネバネバを味わうなら生が一番!
とはいえ、煮ても焼いてもやっぱり美味しい自然薯の食べ方をご紹介します。
自然薯の基本的な調理方法
自然薯は、皮をむかずにそのまま使う方が栄養も風味も損ないません。
ゴボウと同じですね。
ただ、皮ごとすり下ろすと色が付きますので、真っ白なとろろにしたい場合は、皮をむいてください。
ひげが気になる場合は洗う前にサッとコンロの火で炙りましょう。
自然薯洗いには、泥を落とし、傷がつきにくい亀の子たわしがおすすめです。
自然薯を使った人気のレシピ
自然薯といえば、なんといってもとろろですよね。
すり鉢の中ですり下ろした自然薯は、醤油をかけてそのままつるりと野趣あふれる味を楽しむことができます。
だし汁でのばしてご飯にかけたらとろろ飯、蕎麦に載せたらとろろ蕎麦、衣をつけて揚げたら磯辺焼き、ふっくら焼いたらお好み焼き・・・と、自由自在なとろろ料理の数々。
楽天レシピで人気を集めている自然薯料理をいくつかあげてみますね。
・自然薯のバター醤油焼き
・まぐろの山かけ
・自然薯のふわふわ焼き
・自然薯の磯辺揚げ
・自然薯のお吸い物
・自然薯の味噌汁
・豚肉と自然薯の甘辛炒め
・とろろご飯
・自然薯パスタ
・自然薯の煮物
とろろにしても、ざく切りにしても、なめらかな食感を味わうことができる自然薯。
自然薯の粉末を利用した嚥下食(嚥下機能の低下がみられる場合に、形態やとろみなどを調整した食事)の開発研究も進んでいます。
自然薯の効能と健康への効果
自然薯の食品としての機能性は、広く知られています。
健康維持増進に役立つことが科学的に証明されている食品です。
自然薯がもたらす健康効果
自然薯の栄養成分がもたらす効能については、前に述べたとおりです。
ここでは、そのほかの機能性成分についてご紹介しますね。
ムチン
さらに自然薯のネバネバのもと、ムチンの効能も見逃せません。
ムチンには胃粘膜を保護し、たんぱく質の消化と吸収を促進するはたらきがあります。
アルギニン
次にアルギニンです。
タンパク質を構成するアミノ酸の一種で、成長ホルモンの分泌を促進します。
このアルギニンが、自然薯100gの中に260mgも含まれているのです。
昔から、自然薯は精がつくと言われてきたのはこのアルギニンの効果でしょうか。
自然薯の効果を科学的に裏付ける研究結果
自然薯の効果として期待されている滋養強壮・老化防止・更年期障害予防・神経保護については、科学的に十分に立証されているとはいえません。
しかし近年、岡山県立大学保健福祉学部の山本登志子教授の研究によって、自然薯の新たな機能性が明らかになっています。
注目を集めているのは、自然薯に含まれるジオスゲニンという物質です。
ジオスゲニンは、DHEA(Dehydroepiandrosterone)というホルモンを増やす働きがあるといわれてきました。
DHEAは、若さの維持やホルモンバランスに関係しているため、若返りホルモンとしてサプリメントにも使われていますね。
このジオスゲニンに更なる機能性があることがわかってきました。
抗炎症・抗腫瘍効果です。
自然薯のジオスゲニンが、体内で生成されるプロスタグランジン(PG)E2 という物質の合成を抑制し、抗炎症・抗腫瘍効果をもつことが確認されました。
PGE2 は、生体内でさまざまな恒常性を維持するだけではなく、慢性疾患の素因である炎症や、癌などの様々な病態誘発にも関与しているといわれています。
昔の人は知るよしもない物質名ですが、自然薯の効能は先祖伝来の知恵と経験が教えてくれたに違いありません。
自然薯を食べて春を待つ
自然薯は日本古来の自生種です。
大陸から伝わってきた栽培種の長芋より粘り気があり、自然薯特有の栄養成分を含んでいます。
期待できる自然薯の効能は次のとおりです。
・抗酸化作用
・代謝促進
・皮膚や粘膜の健康維持
・胃粘膜保護
・DHEAの増加
・抗炎症、抗腫瘍効果
天然の自然薯でも畑の自然薯でも、旬の自然薯を生で食べて免疫力を高め、日本にも世界にもやがて来るにちがいない春を待ちましょう。
自然薯たっぷりの鹿児島銘菓「明石屋のかるかん」もいかがですか。
【関連記事:明石屋の軽羹(かるかん)は自然薯で勝負する!】
[参考文献:「生理活性脂質合成系をターゲットとした自然薯粉含有食の食品機能性の解析」山本登志子氏―岡山県立大学保健福祉学部紀要 第20巻]