奈良漬は買うか戴きものか、かつてはこのどちらかでした。下戸ですが酒粕が大好きです。しかし、酒粕がからむ食べ物はどれも高くて、奈良漬も例外ではありません。
数年前、直売所で手作りの奈良漬に出会いました。本場の奈良漬同様の本格的な味でありながらお値段は格安。造り酒屋が立ち並ぶ地元の酒粕が手に入るからです。
思い立ったが吉日、以来、オール九州産の奈良漬を手作りしています。「京都で買った奈良漬より美味しい!」といわれていますが、これは褒め言葉?
こちらの記事でご紹介するのは、自宅でできる奈良漬の作り方です。もちろん奈良屋本店・森奈良漬店さんのような熟成された年季物の奈良漬ではありません。
奈良漬の材料選びから下ごしらえ・漬け込み・熟成・取り出し・保存、さらに余った酒粕の再利用法まで、段階を追ってわかりやすく説明します。
奈良漬は発酵食品
奈良漬(ならづけ)は、瓜、胡瓜、生姜などの塩漬け野菜を、酒粕に漬け込んで熟成させた、奈良県発祥の伝統的な粕漬けです。酒粕で香りや味を付けた保存食品ではなく、酒粕の栄養と乳酸菌の働きが融合した「発酵食品」であることが明らかになっています。
奈良漬の由来
奈良漬は奈良時代に原型が生まれた日本最古級の漬物です。
1988年に発見された長屋王邸跡の木簡から、1300年前にはすでに瓜の粕漬けが存在していたことがわかっています。
室町時代に清酒づくりが始まってから酒粕を用いるようになり、現在の奈良漬の形が出来上がりました。商品として販売されるようになったのは、奈良の医者、糸屋宗仙が安土桃山時代から江戸時代にかけて、シロウリを酒かすに漬けて製造、販売したことが始まりと伝えられています。
発酵食品になる奈良漬の条件
奈良漬は酒粕の風味を移した保存食と考えられてきました。微生物は高濃度のアルコール中では活動できないのが普通だからです。
ところが2025年11月、奈良漬の製造過程で「Fructilactobacillus fructivorans(フルクティラクトバチルス・フルクティボランス)」という特殊な乳酸菌が、他の菌を圧倒して増殖していることが分かりました。奈良先端科学技術大学院大学と奈良屋本店および株式会社 森奈良漬店との共同研究の成果です。
奈良漬の乳酸菌が乳酸やコハク酸(うま味成分)を生成し、熟成に関わっていることが初めて実証されました。奈良漬が科学的に「発酵食品」であることが証明されたのです。
ただし、ここで注目すべき点がひとつあります。
塩漬野菜を新しい酒粕に漬けただけでは発酵が起こりません。奈良漬の製造では、漬け込み後の酒粕を次の仕込みに再利用する伝統的製法が受け継がれています。つまり、酒粕中で育ったF. fructivoransの奈良漬株が代々受け渡されることで、今日まで奈良漬が継承されてきたことも明らかとなったのです。
[参考資料:プレスリリース「奈良漬は発酵食品だった」]
奈良漬の酒粕の魅力
奈良漬の酒粕は、数ヶ月から数年かけて熟成された濃厚な旨味と芳醇な香りが最大の特徴です。メラノイジンによる特有の茶褐色をしており、深いコクと甘み、高い抗酸化作用や栄養価を兼ね備えています。
奈良漬の酒粕の旨味
・熟成の味わい: 漬け込み、漬け替えを繰り返すことで、野菜の水分が抜けて酒粕の旨味やコクが染み込み、濃厚な甘さと香ばしい風味が生まれる
・アミノ酸と乳酸菌: 発酵の過程で増殖したアミノ酸(ペプチド)や、奈良漬独自の環境に適応した乳酸菌(F. fructivoransなど)が、風味を増してコクをうむ
・素材の風味: 酒粕の持つアルコール分と塩分が、野菜の水分を抜きながら独特の食感と香りを引き出す
奈良漬の酒粕の効能
奈良漬に使われる酒粕には、タンパク質、食物繊維、ビタミンB群などが豊富に含まれており、整腸作用、美肌効果、生活習慣病の予防など多くの健康・美容効果が期待できます。
主な効能は次のとおりです。
・整腸作用(便秘解消):豊富に含まれる食物繊維や「レジスタントプロテイン(消化されにくいタンパク質)」が腸内環境を整え、お通じをスムーズにする
・美肌・美白効果:麹菌由来の「コウジ酸」や「アルブチン」がシミの原因となるメラニンの生成を抑え、ビタミンB群が肌のターンオーバーをサポートする
・血圧や血糖値:「酒粕ペプチド」には血圧の上昇を抑える働きがあり、「β-グルカン」は糖の吸収を穏やかにして血糖値の急上昇を防ぐ
オール九州産にこだわる奈良漬の材料

オール九州産にこだわる場合、瓜は九州の直売所で選び、酒粕と日本酒は地元の蔵元から仕入れることで地域性のある風味を出せます。
素材選びのポイントは、瓜の鮮度と水分量、酒粕の熟成度や塩分、日本酒の香りの強さです。
奈良漬にする瓜の選び方
奈良漬けには、身がしっかりしていて水分が少ない「白瓜(しろうり)」が適しています。
・色と艶(つや): 薄緑色〜白っぽく、表面に艶があるもの
・硬さ: 持った時に硬く、ずっしりとした重みがあるもの
・形状: 縦に真っ直ぐで、太さが均一なもの
皮が黄色く変色しているものは熟しすぎていて身が柔らかいため、奈良漬けには不向きです。
奈良漬の白瓜は6月ごろに出荷の最盛期を迎えます。5月には出回り始めるため、農産物直売所のチェックは欠かせません。
奈良漬用の酒粕の種類と風味の違い
奈良漬けには、長期間熟成されて濃厚な旨味と独特の芳醇な香りを持つ「踏込み粕」が最適です。一般的な板粕よりも水分が多く、しっとりとしたペースト状で、素材に深く馴染み、甘みやアミノ酸によるコク深い風味を引き出します。
奈良漬用に使われる主な酒粕の種類と特徴は次のとおりです。
▶踏み込み粕(練り粕)
| ・特徴:酒粕をタンクに詰め長期間(数ヶ月〜数年)熟成させたもので薄茶〜濃い茶色・風味:非常に濃厚で深みがあり、甘みとコクが強い。芳醇な香りが特徴・用途:本格的な奈良漬けの床として最適 |
▶板粕
| ・特徴:自動圧搾機で搾られた、板状の酒粕・風味:すっきりとした味わいで、アルコール分がやや高めに残る・用途:漬け込みの初期や、好みの粕と混ぜる場合に使用 |
▶バラ粕
| ・特徴:袋搾りなどで崩れた、バラ状の酒粕・風味:板粕よりも水分が多く、甘みや香りが残りやすい・用途:踏み込みのベースや、練り粕の材料として使用 |
踏込み粕の出回る時期
九州は酒処です。早春の北部九州では、しぼりたての新酒の販売や酒蔵開きが最盛期を迎えます。
踏込み粕はお酒を搾った後の酒粕をタンクに入れて踏み込み、密封して貯蔵・熟成させたものです。酒粕は空気に長期間さらされると、カビなどの微生物が繁殖しやすく、乾燥して商品としての価値がなくなるため、踏み込んで空気を追い出してやります。
一般的な酒粕(板粕やバラ粕)は、冬から春(12月〜3月ごろ)にかけての新酒シーズンに出回りますが、踏込み粕は熟成期間を要するため時期が異なります。
4月ごろから出荷が開始され、最盛期は瓜などの収穫に合わせた6月〜8月です。
| よく行く酒処の直売所には、初夏になると野菜売り場に踏込み粕がポンと置いてあります。瓜が出回るより先です。つい手が伸びそうになりますが、大量の踏込み粕は置き場に困ります。しかし瓜が並ぶのを待っていると酒粕が売り切れていたり。気をつけていないと瓜の旬はあっという間に終わります。 |
奈良漬の作り方

ここからは奈良漬の漬け方の手順とポイントを詳しく紹介します。
最初に奈良漬作りに挑戦したとき、たくさんのサイト・動画を拝見しました。手作りの奈良漬は作り手によって手順も分量もさまざまです。
お手本にしたのは長野の酒蔵「東飯田酒造店(ひがしいだしゅぞうてん)」さんのHP、そして「田舎の母さんが漬ける抜群の味😋桶で漬ける本格漬物」というYouTubeです。
「東飯田酒造」さんの作り方、「田舎の母さん」の作り方、そして双方の作り方をお手本にしアレンジを加えた「ジャック」の作り方をご紹介します。
「東飯田酒造」さんの奈良漬
(酒蔵のおばぁちゃん直伝、おいしい奈良漬けの漬け方より)
| ・瓜…4キロ(中7〜8本)・酒粕…4キロ・塩…300〜350g(舟にふんわり入る程)・砂糖…300〜650g(舟にふんわり入る程度)・本漬けの時に粕に混ぜる砂糖…400〜600g |
①瓜を水洗いし、両はしを少し切り落とし縦2つに切る
②瓜の種を取った中へ塩をふんわり入れ容器に瓜を重ねていく
③押しブタと重石(材料の2倍位)をして水が上がるまで2日間漬ける
④水が上がったら塩水をふき取り1時間位ザルに干す
⑤③の瓜の舟にふんわりと砂糖を入れて水が上がるまで2〜3日漬けておく(重石はしなくてよい)
⑥水が上がったら水気をよく拭き取り1時間位干す
⑦本漬け…酒粕と砂糖(4キロに対し400~600g)をまぶしておく
・粕、瓜の順に重ねていく
・最後に粕を多めにのせて押さえ空気が入らないようビニールをかぶせる
・容器にフタをして冷暗所に置く
「東飯田酒造店(ひがしいだしゅぞうてん)」さんは慶応元年(1865年)創業の老舗酒蔵です。国の登録有形文化財に指定された酒蔵で醸される伝統の日本酒はオンラインでも購入できます。(東飯田酒造店公式ショップ)
「田舎の母さん」の奈良漬
YouTubeで紹介されている「田舎の母さんが漬ける抜群の味😋桶で漬ける本格漬物」も、作り方の基本は東飯田酒造店さんとほとんど変わりません。
こちらは動画ですので実際にご覧いただくほうがわかりやすいかと思います。
(【奈良漬の作り方】田舎の母さんが漬ける抜群の味😋桶で漬ける本格漬物)
「ジャック」の奈良漬
最後は、名前からして一番食欲をそそらない「ジャック」の奈良漬でゴメンナサイ💦。
最初に悩んだのは奈良漬を漬けこむ容器です。
自宅用はホーローにしました。ホーローは陶器よりも軽いうえに割れにくく手入れも楽だからです。お裾分け用には更に軽いプラスチック製を複数用意しました。
次に分量です。瓜と酒粕は同じ量を使います。新鮮な瓜が手に入ったら入っただけの酒粕を用意しました。
こだわったのは地元の直売所や酒蔵の瓜・踏込み粕だけではありません。やや甘めの奈良漬が好きなので砂糖はコクのあるキビ糖をふんだんに使います。
沖縄の先島諸島・奄美大島で栽培されているサトウキビだけで作った「花見糖」という商品です。宮崎県の第一糖業さんが作っていましたが、2025年にウェルネオシュガー株式会社(旧「日新製糖株式会社」)に吸収合併されました。
地元のスーパーが一番安いのでまとめ買いしています。砂糖は重いのでネットで安くなったら箱買いです。
去年の酒粕で中漬
これまでジャックの奈良漬の手順は「東飯田酒造店」さんや「田舎の母さん」と同じでした。これからは一つ手順を増やします。去年の漬け込みに使った酒粕(二番粕)を、塩抜きの後の下漬(中漬)に使います。
乳酸菌発酵の奈良漬を作るためです。
奈良漬の伝統的製法では、漬け込み後の酒粕を次の仕込みに再利用する工程が受け継がれています。この工程が発酵をうながし乳酸菌を増殖させることは前にご紹介したとおりです。もちろん老舗のように何度も漬けかえることはできません。しかし、毎年、前年の二番粕を使い続けることで乳酸菌発酵した奈良漬を味わうことができます。楽しみです!
奈良漬の熟成・取出し・保存

漬け込んだ奈良漬の熟成から取出し、そして保存方法までのポイントをみていきましょう。
奈良漬の熟成
一般的な奈良漬の熟成期間は、6か月〜1年程度です。
伝統的な製法では3年から長くて10年以上、酒粕を変えながら漬け込みます。熟成の過程で起きる変化は次のとおりです。
・アミノ酸と糖が反応する「メイラード反応」により、琥珀色(べっこう色)に変色し、抗酸化作用のあるメラノイジンが生成される
・酒粕が防腐剤の役割を果たし、常温保存が可能になる
・乳酸発酵によってまろやかな味になる
・熟成が進むほど色は黒く、味は濃くなる
奈良漬の取出し
①食べる分だけ酒粕から取り出す
②ヘラなどで表面の酒粕を拭き取る
③薄くスライスする
④残った酒粕は、ビニール袋を閉じて冷蔵庫で保存する
切った後に冷蔵庫で半日〜1日寝かせると、アルコール分が飛んで甘みが増し、食べやすくなります。
奈良漬の 保存方法
開封後は、表面を粕で覆った状態で密閉容器に入れ、冷蔵庫(10℃以下)で保存するのが最適です。
常温保存は、 直射日光・高温多湿を避ければ可能ですが、基本は冷蔵が推奨されます。さらに長期間保存したい場合や、熟成の進行を止めたい場合は冷凍保存が可能です。
奈良漬は時間が経つとさらに熟成・着色が進みます。
酒粕の再利用アイデア

奈良漬を作った後の酒粕はまだ旨みを多く含みますので、捨てずに再利用することで料理の幅が広がります。
酒粕×クリームチーズのおつまみ
酒粕とクリームチーズを合わせると、濃厚で旨みのあるディップができます。
作り方は酒粕とクリームチーズを1:1で混ぜ、好みで蜂蜜や醤油少々、刻み海苔や柚子皮を加えれば完成です。
酒粕で作る鶏肉の粕漬けやグラタン
鶏肉の粕漬けは酒粕をペースト状にし、塩や味噌、砂糖、みりんで下味を調えた床に漬け込むだけで風味豊かな主菜になります。目安は鶏肉500gに対して酒粕200〜300g、日本酒と調味料で滑らかにして冷蔵で半日〜一晩漬けるだけで十分です。焼く際は表面の粕を軽く拭き取り、焦げやすいので中火でじっくり火を通すのがポイントです。
また、ホワイトソースの代わりに酒粕でグラタンを作ることもできます。いつものグラタンに使ってみてください。味噌を加えるとさらにコクが増します。
余り酒粕を使った野菜アレンジ
余った酒粕は薄めに伸ばして胡瓜や大根に短時間漬ける即席粕漬けに最適です。
酒粕を日本酒でのばし、塩・砂糖で味を整え、薄切りにした胡瓜や大根を30分〜数時間漬けるだけで食べやすい一品が出来上がります。
簡単で日持ちもほどほどにあるため、箸休めや付け合わせに便利です。
手作り漬物を備蓄するなら奈良漬
奈良漬は、その高い保存性と栄養価から備蓄食料として非常に優れた手作り漬物です。
九州産の材料でつくった奈良漬についてご紹介しましたが、地元の新鮮な瓜と地酒の踏込み粕があれば誰でも手軽に奈良漬を作ることができます。
余った酒は翌年の二番粕として、また風味豊かな料理として無駄なく味わえる奈良漬は、手作り備蓄漬物の王様です。

