生のこんにゃく芋から作るこんにゃくを召し上がったことがありますか。
こんにゃくといえば群馬ですね。こんにゃく芋の生産量の9割以上が群馬県産です。
しかし、全国各地に細々とではありますが、こんにゃく芋からこんにゃくを手作りしている地域があります。
佐賀県神埼市脊振町(かんざき市せふり町)に建設される城原川ダム(じょうばるがわダム)の水没予定地も、その一つです。
ダムに沈んでしまうふるさとに伝わる桜色のこんにゃくと、伝統のこんにゃく作りを後世に残したいと願う集落の活動をお伝えします。
ダム建設計画からうまれた不協和音
城原川ダムの建設計画が持ち上がったのは1971年のことです。
脊振山地のふもと、神埼市脊振町の岩屋・政所(まんどころ)という地区が建設予定地となりました。
以来、半世紀にわたる紆余曲折をくりかえし、当時30代の働き盛りだった方は80代になりました。
2023年3月4日付の佐賀新聞に、用地交渉・補償額算定が本格化するという記事。地域住民の方々にとってあまりに長い歳月でした。
福岡と佐賀にまたがる脊振山の周辺には、背振ダム・南畑ダム・五ケ山ダムという複数のダムがあります。
あれは、五ケ山ダムができる前に水没予定地の集落を訪ねたときのことです。
満開のコスモスに見とれていると、畑仕事の手をとめて、ご年配の方が話しかけてこられました。
もうじき、家を離れて町の息子さんの所に移らなければならないが、もう80を過ぎているからこの土地で最後まで暮らしたかったと。
穏やかな口調と温かい笑顔が印象的な方でした。
せっかく寄ってくれたのだからと、栗畑に連れて行ってくださり、たくさんの栗を戴いたことを覚えています。
一度だけお礼に伺いましたが、それが最後になりました。今はもうダムの底の集落です。
ダム建設の話を耳にするたびに、あの優しかったおじいさんのことを思い出します。
城原川ダムの建設をめぐっても、集落は賛成派・反対派に二分され、激しい対立があったそうです。
山あいの静かな集落の暮らしを突如として変えてしまったダムの建設計画。
ようやく合意に達し大きな波が去ったあと、集落を再び活気づけたのが伝統のこんにゃく作りでした。
伝統のこんにゃく作りに賭ける思い
かつて集落の家々では、庭でとれるこんにゃく芋でこんにゃくを手作りし、盆暮れに持ち寄っては味の違いを楽しんだそうです。
しかし、時代の変化と共にこんにゃく作りもすたれていきました。
そこへ立ち退きの決定。高齢化が進む中での試練に、岩屋地区長の鶴田さんが立ち上がります。
先祖伝来の土地を離れる前に次の世代に何か残せないか、住民に生きがいをもたらすことはできないか。
2020年、鶴田さんを中心に、地元野菜などを売るマーケットが立ち上げられました。
岩屋と政所の頭文字をとった「岩政ハッピーサロン」です。
そのテント販売の主力商品が、かつて各家庭で手作りしていたさしみこんにゃくでした。
伝統のこんにゃく作りの復活です。
こんにゃく芋から作る刺身こんにゃく
こんにゃく芋は地域の人たちから分けてもらい、伝統の刺身こんにゃく作りが始まりました。
こんにゃく作りの担当は代表の鶴田さん、調理担当の堤さんと中村クニコさんの3人です。堤さんのお母様直伝の作り方を再現しました。
名づけて「脊振刺身こんにゃく」です。
桜色に染まる伝統の作り方
出来立ての「脊振刺身こんにゃく」は桜色をしていることから、別名「桜こんにゃく」ともよばれています。
今では、こんにゃくは消石灰(水酸化カルシウム)や炭酸ソーダ(炭酸ナトリウム)を使って固めますが、伝統的な「脊振刺身こんにゃく」は違います。
凝固剤は使わず、自然の灰汁(あく)で固めるのです。
稲のわらを燃やして灰汁(あく)を作るところから、こんにゃく作りがスタートします。
灰汁の濃さにもこだわりがあり、灰汁とこんにゃくの配合にも秘けつがあるそうです。
こんにゃく芋と灰汁を混ぜ合わせたら火にかけて熱を通します。
こんにゃく芋から稲わらまで全て地元産、作り方も地元の伝統にのっとり、出来上がった「脊振刺身こんにゃく」は、脊振にしかないこんにゃくです。
とろける食感の刺身こんにゃく
「脊振刺身こんにゃく」は、ふわりとした食感と、とろけるような味わいの絶品こんにゃくです。
新聞やテレビなどメディアにも取り上げられ、名実ともに「岩政ハッピーサロン」の看板商品となりました。
「岩政ハッピーサロン」では、刺身コンニャクと柚子胡椒のほか、地元の無農薬野菜も販売しています。
サロンを通して新たな人と人との出会いが生まれ、活気が生まれました。
この伝統のこんにゃくの製法を受け継ぎ、集落がなくなったあとも、「脊振刺身こんにゃく」は集落のあかしとして残り続けてほしいという願いがこめられた場所です。
こんにゃくと山の幸の宅配
「岩政ハッピーサロン」は、「無農薬野菜直売所【岩政ハッピーサロン】」としてFacebookも運営しています。
また、直接買いに行けない方のために郵便局と宅急便の契約を結んだそうです。「脊振刺身こんにゃく」と柚子胡椒が冷蔵便で届きますよ。
詳しくはFacebookをご覧になり、直接お問い合わせください。
神埼素麺で有名な神埼市の公式サイトにも、地元の特産品として刺身こんにゃくが紹介されています。
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「脊振刺身こんにゃく」を次の世代に!
脊振のこんにゃく芋と脊振の稲わらと脊振の水でつくった「脊振刺身こんにゃく」を、どうぞ一度お召し上がりください。
1人でも多くの方に「脊振刺身こんにゃく」の美味しさを知っていただくことで、集落の灯は消えても文化は残ると思うからです。
生まれ育った故郷がダムの底に沈む寂しさは、たとえようがありません。
城原川ダムは2030年完成の予定です。